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仙台高等裁判所 昭和43年(う)69号 判決

被告人 矢野報知郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐野国男名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

論旨は、本件炭焼小屋は刑法第一〇九条第一項にいわゆる建造物には該当しない旨主張する。しかしながら、原判決の引用証拠(ただし、司法警察員作成の実況見分調書については、同調書中、五の公共危険の状況に関する記述部分を除く。)によると、本件炭焼小屋は、土中に堀つた炭焼かまどを覆うようにして間口約三・八メートル、奥行約一〇・一メートル、高さ約三メートルに雑木の丸太を釘で打ちつけるなどして組み合わせ、萱で屋根を葺き、かつ、かまど部分と入口とを除くその余の周囲を笹等を組んで囲い、もつて、かまどの焚口を風雨から守るとともに、その小屋内に人が出入りして、製炭用の道具類等を保管し、製炭の作業をなし、仕事の手順によつては夜間同所で待機することもできるようにとの配慮のもとに作られたものであることが認められるのであつて、なるほど、所論のように、かまどを覆う部分が本件炭焼小屋の約三分の二を占めるので、人が立入つて作業等をなしうるのは、その余の約一四平方メートルの部分だけであり、また、右の部分が寝泊りするのに適当な状況であるとまでは認められないけれども、それらの点を考慮しても、いやしくも、本件炭焼小屋は、右のような構造を有して、人の出入りすることが可能であるばかりでなくその本来の用途の一部としてそれを予定しているものである以上、刑法第一〇九条第一項の立法趣旨に照らしても、同条項にいわゆる建造物というに妨げないものと解すべきである。

控訴趣意第二点(事実誤認および法令適用の誤りの主張)について

論旨は、刑法第一〇九条第一項の罪についても、それが成立するためには具体的な公共の危険が発生したことを必要とするものと解すべく、本件炭焼小屋は、もともと他へ延焼するおそれのない場所を選んで作られたものであつて、現に、具体的な公共の危険が何ら発生しなかつたものであることは、本件焼燬の際の状況に照らして明らかであるから、原判決が被告人につき同条項の罪の成立を肯認したのは不当である旨主張する。しかしながら、刑法第一〇九条第一項に規定する放火罪においては、当該の放火行為それ自体がすでに公共の危険を伴うものとされているのであつて、同条項が具体的な公共の危険を生ぜしめたことをもつてとくに構成要件とはしなかつたことも、その趣旨に基づくものにほかならないのであるから、右の主張はひつきよう独自の見解を前提とするものというべく、採用の限りではない。

控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について

論旨は、被告人は本件犯行当時飲酒酩酊と逆上とにより心神耗弱の状態にあつたものである旨主張するけれども、この点に関し原判決が、(弁護人の主張に対する判断)の項において説示しているところは、その引用証拠に照らして十分に首肯することができるのであつて、右引用証拠により認められる被告人が本件犯行に際し飲酒酩酊に加えて所論のように憤激していたものである事実を考慮しても、被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態には至つていなかつたものであるとした原判決の判断が誤りであるとは認めることができない。

これを要するに、記録を調査検討しても、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りを発見することはできない。論旨はいずれも理由がない。

そこで、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 有路不二男 西村法 桜井敏雄)

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